第7回 お茶のこころ 07年5月

「皆様、ご機嫌よろしゅうございます」
このかしこまったご挨拶が最初は気恥ずかしかったものだが、今ではもう滑らかに口から出るようになった。
お茶を習いだして3年になる。一月に一度のペースなので、せっかく覚えたお作法も、次のときにはきれいさっぱり忘れていて、また一からという繰り返しだ。そうは言っても、お点前の一つ一つの意味や、おもてなしの心など、徐々にではあるがわかってきたように思う。
まず感服するのは、所作の美しさだ。畳のへりを踏まずに、摺り足で歩く歩き方、姿勢よく少しあごをひいて座る座り方、両手をついてのご挨拶、お袱紗のさばき方、お点前の流れ全てが、それはそれは無駄がなく完成された美しい所作なのだ。
しかも、その所作一つ一つに意味があり、おもてなしの心が表れている。「茶せんとおし」は、お客様の前で改めて穂先をきれいにしたり、折れてないか確かめるためのもの。お客様としてお茶をいただく際に、手の上で回すのは、お茶碗の正面を向こう側にして、口をつけて汚さないようにするため。全てが自分を美しく見せるためではなく、相手に失礼のないようにするための行為だ。つまり、おもてなしの気持ちを精一杯表そうとしたら、結果として自らの所作も美しくなるということだ。
そして、「御機嫌よう」も含め、お茶の言葉もまた、たいへん美しい。
お茶が亭主から出されたら、一番先頭に座っている正客は、お隣の次客のほうを向いて、「お先に」とさりげなく会釈してから、亭主に「お点前ちょうだいいたします」とご挨拶をしてお茶をいただく。お茶をいただいた後のお茶碗が亭主のところに戻り、お湯できれいにすすいだタイミングを見計らって、正客は「どうぞお仕舞いください」と声をかける。亭主は「お湯でもいかがですか?」とおかわりの意向を確かめ、正客から「もう充分いただきました」と返ってきたら、「それでは一応仕舞わせていただきます」と挨拶する。「一応」仕舞わせていただきますが、また飲みたくなったらいつでも声をお掛けくださいという気持ちを含めて。
こんなにも相手の気持ちを慮った会話があるだろうか。お客様に失礼のないように、心からくつろいでもらうために、できる限りのことをする。しかも、そのおもてなしがこれみよがしにならないように、さりげなく心遣いする。
お茶のお作法は、日本人のコミュニケーションの最たるものだと思う。
今の時代、男女間でも、職場のコミュニケーションでも、わかりやすさや主張の強さばかりが前面に押し出されているような気がする。「好きって口に出して言わないとわからない」と愚痴る女性は多々見てきたし、企業内でも「やりたい」とうまくアピールした人や、成果を派手に自慢する人のほうが結果的に思い通りの仕事ができているような気がしてならない。
それが自分に合っているならいいのだが、皆が同じやり方でなくてもいい。偲ぶ気持ちに真実の愛を込めてもいいと思うし、自らアピールしなくても地道な努力をしている人こそ、上司はよく見ていてほしいものだ。そうした、相手や周囲への配慮を忘れず、常に遠慮深い日本人ならではのコミュニケーションを、今こそ見直してもいいのではないだろうか。
あからさまではない行い、さりげない心遣いに気付ける人間でありたいと、お茶のお稽古に行く度に強く思う。

「コミュニケーションのお作法」毎日新聞 SPACE 06~07年

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