早くも、2008年4月入社に向けた就職活動がマスコミ業界あたりから始まり、3年生たちがそわそわしだした。ついこの間まで07年向けの就活のため、大学内でスーツ姿の学生が目立っていたものだが、もう次がスタートとは早いものだ。
私もキャンパス内で呼び止められ、研究室でも訪問を受け、学生たちから質問攻めにされる日々が続く。テレビ局を受けるためのエントリーシートの書き方からはじまり、面接で何をどう言えばいいのか、関西弁は不利にならないかなど、真剣な眼差しで聞いてくる。
テレビの入社面接は「曲者」という情報が出回っているからか、特別な対策を立てなければならないと思い込んでいる学生が多いのが気になる。確かにテレビ局は入りにくいが、それは募集人数に対して希望者が多すぎるからであって、特別な技術や芸がなければ入れないということでは決してない。他の業種と同じく、面接は小手先のHOW TOなどなく、「正攻法」しか突破する方法はない。
もうすぐに面接に望むという学生には、必ずこうアドバイスする。
「普通に会話を楽しむように。面接はコミュニケーションなのだから」
このあまりにも当たり前なことが、実はほとんどの学生ができていない。テレビ東京時代に面接官を務めた際、学生たちのコミュニケーション能力のなさにびっくりさせられた経験がある。
「どうしてテレビに入りたいのですか?」と質問しているのに、
「え~私は小さい頃から~で、大学では~をしていて、その際に~…」とダラダラと話し始めてしまう。
「だから、なぜテレビに入りたいのですか?」と再度質問することの多かったこと。
ほとんどの学生が会話にならないのだ。おそらく何を言うか事前に決めているので、その文章が頭の中にこびりついて会話をするというごく普通の行為ができなくなってしまうらしい。面接は用意してきた文章を披露する場ではない。会話の中で自分という人間を表現して、相手に理解してもらい、同じ職場で働きたいかどうかを判断していただくものだ。そう学生には言って聞かせている。
実は、このコミュニケーション力の欠如は普段の授業でも気になる部分なのだ。先日も流通の理論について講義した後に、簡単な問題を出した。「延期と投機の理論に基づいて、ユニクロのSPAを論ぜよ」と出題したのだが、クラスの約1割の学生が、回答に「延期」と「投機」という言葉さえ書かなかった。理論を理解しているかどうかではなく、問題をちゃんと読んでいないのだ。
だから、口頭で答えを求めるときはもちろん、文章で書かせるときでも、口をすっぱくして同じことを繰り返す。
「とにかく、相手が何を求めているかをきちんと理解し、それにふさわしい答えをしなさい」。
時には「空気読める大人になれ」と言い換えるのだが、そちらのほうが学生の心には突き刺さるらしい。アナウンサーで空気が読めないのは致命的であるのと同じで、どこの入社面接だろうが、どんな業界で働こうが、空気が読めない人は評価されない。だから学生のうちにしっかりと、先生が求めていることは何なのか理解をし、それにふさわしい答えをするというクセをつけてほしい、と。
なるべく多くの学生のコミュニケーション力を鍛え、空気の読める大人に育て上げる。これが私が大学で教える使命だと考えている。
2006.12









