第1回 関西の大学で教える 06年10月

「先生」と呼ばれるようになってから半年が経つのだが、まだ慣れない。
それは、先生という立場にまだなりきれていないということに加え、「せんせい」という関東式の平板な読み方ではなく、「センセ、センセ」という頭にアクセントのある関西のイントネーションだからかもしれない。なんだか、調子が狂っちゃうんだなぁ。
この4月から縁あって、関西学院大学の商学部でマーケティング・コミュニケーションを教えている。といってもアナウンサー業との二束のわらじなので、週に二日間だけ関学のある兵庫県は西宮まで出稼ぎに行っているのだが。
人様に教えるなどという大それたことを、引き受けたのが間違いだった。1コマ90分の授業を4科目担当しているので、毎週360分ぶんの話す内容を用意していかなければならない。大学院で使った教科書をひっくり返し、テレビ業界のツテを使いまくり、取材で出会った企業の方には、教材になりそうなネタをねだるという、なりふりかまわぬ作戦に出ている。
という具合だから、大学に行くときは常にへとへとになっているのだが、そんな疲れを一気に吹き飛ばしてくれるのが、関西のノリの良さだ。
生まれも育ちも大学もずっと東京だった私には考えられないのだが、関西の学生さんは、一にも二にもノリの良さが重要らしい。授業中何らかの課題を出して答えさせても、グループで発表させても、正解を普通に言うよりも、笑いをとったほうがエライという文化なのだ。
コミュニケーションのワークショップという、演習形式でプレゼンテーションやスピーチ、インタビューなどを教える授業では、それが如実に表れる。
例えば、コンフリクトのケースを与えてどう解決すればいいかグループで話し合えというと、ほとんどのグループがドラマ仕立てで発表する。しかも、きっちり役作りやらセリフの練習をして、ご丁寧にオチまでつけて。上司と部下の主張のすれ違いだったのに、最後にはラブロマンスにまで発展しかねない様相を呈してきたりする。
「いや、だからねぇ、それは趣旨が違うから」と何度注意したことか。
大学だから許されるけど、社会に出たら通用しないことがほとんどだから。笑いの要素を盛り込むのは大切だけど、ちゃんと課題に真正面から取り組んでからにしようね……。
学生の場合は行き過ぎの部分も無きにしも非ずだが、笑いの文化は関西の先生にも通じるところがある。
この授業は生粋の神戸人である先生と共同で教えているのだが、ある日の授業で、絵の伝言ゲームを行ったとき、こんなことがあった。
普通は、隣りから回ってきた絵を横に置いて、見ながら自分の紙に絵を描くものだが、一人の学生が、回ってきた紙の上に自分の紙を重ねてすかして写していたのだ。それを目ざとく見つけた先生が、「写すな、ボケ!」と見事な突っ込みを入れて、教室中大爆笑になったのだ。
とんちがきく学生と、息のあった鮮やかな突っ込みをする先生……恐るべし関西の大学。なんだかすごいところに来ちゃったようだ。
9月末から後期の授業も始まった。こんな調子で果たして学生たちに役立つコミュニケーションを教えられるのだろうかと不安に思いつつも、とりあえずは、私自身が「関西との異文化コミュニケーション」を学べるらしいということには、確信を抱いている。

「コミュニケーションのお作法」毎日新聞 SPACE 06~07年

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