今、私は、1年間の授業予定表、いわゆる「シラバス」とにらめっこをしている。
おもしろい授業なのかな。何か発見があるかな。課題がたいへんだったらどうしよう・・・。こんなときに抱くのは、小中学校から大学まで何度となく経験した、あのなんとも言えない期待と不安が入り混じったお馴染みの感情だ。
違うのは生徒ではなく、先生としての授業だということだけだ。
その立場の差は大きい。当然のことながら、教わるより教えるほうが何十倍もたいへんだ。今まで、人様に教えるなどという大それたことをしようとは、想像もしていなかった。それがいきなり大学の先生である。しかも、関西学院大学という由緒正しき大学で、分不相応にも助教授という肩書きで・・・。
そんな想定外の事態に陥ったのにはワケがある。実のところは、自ら種を蒔き、自ら引き寄せた縁なのである。
話は4年前に遡る。テレビ東京の社員だった私は、ある新しいことを始めた。まさに1年間の「シラバス」を見て、期待と不安の入り混じった、あの感情を抱いていた。仕事をしながら、法政の夜間大学院に通い始めたのだ。
きっかけは、経済番組のゲストに来た法政の教授から、進学を勧められたことだった。入社10年目の当時、自分のペースで仕事をできるようになったものの、このままでいいのか、何か新しいことをするなら今が最後のチャンスなのではないか、という切迫感に苛まれていた。そんな状況から脱したい一心で、大学院進学という勧めに飛びついたのだった。
断片的な知識しかなかったマーケティングを系統立てて学ぶのはとてもおもしろかった。今まで気付かなかったセオリーが世の出来事に見出せるという経験は刺激的だった。毎日の生放送の合間を縫って発表や課題の準備をするのは至難の業だったが、時間のマネジメントをするコツも覚えた。
結局、週3日授業に通った1年目、修士論文を執筆した2年目を経て、なんとかMBA(経営学修士)を取ることができた。最も大きい収穫は、職種は違えど志を同じくする「同期」という存在に巡り合えたこと。そして、大学院というミニ社会の中で、自分の位置する場所や業界を客観的に見られたことだ。
もう一つ大きかったのは、在学中に結婚し、会社を辞め、フリーになったことだ。大学院が直接影響したわけではないが、転機を呼ぶきっかけになったことは確かだ。同期13人中、在学中と卒業2年以内に、結婚や転職など人生の大きな決断をした人は、私を含めて5人いる。大学院で自分や自分の仕事をじっくり見つめなおすことで、本当に大切なものややりたいことが見えてきたのだろう。
そんな様々な収穫をもたらしてくれた大学院進学は、今思えば、大学で教えるという花を咲かせる種でもあった。
修士論文で書いた「テレビの視聴行動」に関する研究を、ある学会で発表したのが、関学の関係者の目に留まったのだ。
恐らくは、アカデミックな知識はまだまだで、マスコミでの経験も十分とは言えない私に、最大限の期待と一か八かの大博打とで、「教えてみる気はないか」と声を掛けてくださったのだろう。
そんな大学の度量の大きさに圧倒され、私も無謀と言えるほどの大胆さで、あっさりYESと答えてしまった。
それから1年半の準備期間を経て、この4月から、教えるための「シラバス」と向き合うことになったのだ。担当する授業は「マーケティング・コミュニケーション」など4科目。いわゆる広告をはじめ、企業が消費者や社会に対して行う様々な活動について教える。
広告やマーケティングの実務をやったことのない私が、授業に生かせることといったら、伝え手として「コミュニケーションの現場」で仕事をしてきたという経験くらいだろう。企業がどんな思いで顧客や消費者とコミュニケーションしようとしているのか、私が感じてきたことを、学生たちに伝えられればと思っている。
考えてみれば、アナウンサーという仕事と教えるという仕事は、人に何かをわかりやすく伝えるという意味では、同じだ。高視聴率で満足度の高い内容をお送りしたいのもまた、同じだ。
今度は学生たちの心に、社会人となって花開く種を蒔くことができれば、本望だ。
2009.07









